2010年4月2日金曜日

ジョージ・オーウェルの "A Nice Cup of Tea" を訳してみた

 紅茶のゴールデン・ルールの出処を探しているうちにジョージ・オーウェルの有名なエッセイ"A Nice Cup of Tea"の原文を見つけた。
 英語の勉強の一環として訳してみたのだが、既に原文は著作権切れになっているので、公開する。ただし、わたしの英語力は未熟なものなので、誤っている可能性も多々ある。心配な方は、原文がA Nice Cup of Tea - Essay by George Orwell - Charles' George Orwell Linksにあるので照らし合わせて御覧ください。
 ちなみに、ジョージ・オーウェルというのは、イギリスの作家。村上春樹の『1Q84』で話題になった『1984年』や『動物農場』などが代表作。

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一杯の素晴らしい紅茶
ジョージ オーウェル 著
1946年1月12日 イヴニング・スタンダード紙(*1)

 あなたの手近にある料理の本で「紅茶」の項目を調べてみても、たぶん載っていないだろう。さもなければ、もっとも大切なポイントが幾つか抜けた、数行のうわべだけの説明が見つかるだけだ。

 これは、妙なことである。紅茶はアイルランド、オーストラリア、ニュージーランドも含め、この国の文明の主たる柱であるだけでなく、もっともすぐれた紅茶の淹れ方というのは激しい論争のテーマとなっているからだ。

 わたしの完璧な紅茶の淹れ方について確認してみると、少なくとも11項目の極めて重要なポイントがあった。たぶん、そのうち2項目は広く一般的に同意を得られるだろうが、少なくとも4項目は激しい議論の的になるだろう。以下がわたしの11のルールであり、そのすべてが黄金律であると考えている。

 まず第一に、インドかセイロンの茶葉を使うべきだ。中国の紅茶は今日では侮るべきではない長所を持っている。経済的で、ミルクなしで飲めるのだ。しかし、刺激には乏しい。飲むと冴えてきたり、勇気が湧いてきたり、楽天的になったりはしない。"一杯の素晴らしい紅茶"という心安らかなフレーズを口にする誰もが、例外なくインド産の紅茶を指している。

 第二に、紅茶は少量で、つまりティーポットで、淹れられるべきだ。金属製の大きな紅茶沸かしで淹れた紅茶は必ず不味いし、大釜で淹れられた軍隊の紅茶は、グリースと漆喰の味がする。ティーポットは、磁器製か陶器製にするべきだ。銀製やブリタニアウェア(*2)のティーポットは不味い紅茶しか淹れられないし、エナメルのポットはさらにひどい。しかし、不思議にもピューター製のティーポット(現在ではまれだが)はそれほど悪くはない。

 第三に、ティーポットはあらかじめ温めておくべきだ。温める際には、煖炉棚(*3)に載せておく方法が、お湯ですすぐ通常の方法よりもよい。

 第四に、紅茶は濃くあるべきだ。1クォート(*4)のお湯が入るポットに縁すれすれまで満たすとしたら、ティースプーン山盛り6杯でだいたい適量だ。配給制の時代にあっては、これは毎日できるわけではないが、わたしは、20杯の薄い紅茶より1杯の濃い紅茶が勝ると断言する。真の紅茶愛好家は濃い紅茶を好むだけでなく、年々少しずつより濃い紅茶を好むようになる。この事実は高齢の年金受給者に割増配給があるということからもわかる。

 第五に、茶葉はポットの中にじかに入れるべきだ。茶漉しや綿モスリンの袋やそれ以外の茶葉を閉じ込める道具を使うべきではない。茶葉を有害だと思い、流れ出る茶葉を捉えるため、ティーポットの注ぎ口の下に小さな籠をぶらさがる国もある。実際には、相当な量の茶葉を飲み込んでも体に悪影響はなく、ポットの中で茶葉が解放されていなければ、適切な抽出はできない。

 第六に、ティーポットをケトルのそばにもってくるべきで、逆の方法をとるべきではない。お湯は茶葉に触れる瞬間まで沸騰しているべきであり、それはつまり注いでいる間ですらケトルを火にかけておくべきだということだ。新鮮な汲みたての水を使うべきだという人もいるが、わたしには違いがわかったことはない。

 第七に、紅茶ができたらかき混ぜるか、できればポットを適度に揺り動かすこと。その後に茶葉を落ち着かせなさい。

 第八に、良いブレックファスト・カップを使って飲みなさい。つまり、円筒形のカップで、平らな浅いものではない。ブレックファスト・カップは多くの量を入れられるし、平らなカップでは満足に飲み始める前にぬるくなってしまう。

 第九に、紅茶に入れる前に、ミルクから乳脂肪分を除きなさい。乳脂肪分の多すぎるミルクは、いつも紅茶を胸の悪くなるような味にする。

 第十に、先に紅茶をカップに注ぐべきだ。これはもっとも議論の余地のあるポイントのひとつである。実際、英国のどの家庭でも、この問題にはおそらく2つの流派に分かれる。"先にミルク"派もかなり強力な論拠があるが、わたしの主張には答えられまい。つまり、紅茶を先に入れミルクを注ぎながらかき混ぜれば、ミルクの量を正確に調整することができる。一方、逆にすると、ミルクを多く入れすぎになりがちである。

 最後に、紅茶は、ロシアン・スタイルで飲むのでないかぎり、砂糖なしで飲むべきだ。私が少数派であることは、よく承知している。しかし、砂糖を入れることにより、紅茶の風味を破壊してもなお、自分を真の紅茶愛好家と呼べるだろうか? それは胡椒や塩を入れるのと同じだ。紅茶は苦い。ちょうどビールが苦いように。甘くするのなら、もはや紅茶を味わっているのではない。単に砂糖を味わっているに過ぎない。白湯に砂糖を溶かすだけでとても似た飲み物を作ることができる。

 紅茶自体は好きではなく、ただ暖まったり元気を出したりするために飲むのだから、紅茶の味を避けるために砂糖が必要だ、という人々もいる。これらの誤った考えを持つ人々にわたしは言いたい。砂糖なしで、そう2週間試しに飲んでみなさい。紅茶を甘くして駄目にしたいなんてことは、まず二度と思わないから。

 これらだけが紅茶を飲むことに関する議論ではないが、この問題がどんなに細かく論じるようなことなのかを示すには十分であろう。 

 他にもティーポットを取り巻く不思議な社会的作法があり(例えば、受け皿から飲むことはどうして無作法だとみなされるのだろう?)、例えば未来を占ったり、訪問者を予言したり、うさぎの餌にしたり、やけどの薬にしたり、カーペットの掃除に使ったりという、茶葉の副次的な使用法について数多く書くことができる。

 ポットを温める、ぐらぐらと沸騰したお湯を使う、といった細部に気を付ける価値はある。2オンス(*5)という配給量でも上手に扱えば淹れられるはずの、20杯の美味しい濃い紅茶を絞りだすために。


訳注
*1 ロンドンの夕刊紙
*2 ブリタニアメタル(スズを主成分としたアンチモニー・銅・亜鉛の合金)製の製品
*3 煖炉の内部横側設けられたケトル・鍋などを載せる棚
*4 1クォート=1.136リットル(英)
*5 1オンス=約28グラム

これはジョージ・オーウェルのエッセイ"A Nice Cup of Tea"の翻訳です。
原文:A Nice Cup of Tea - Essay by George Orwell - Charles' George Orwell Links

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 最後に、幾つか感想と補足を箇条書き。
  • 紅茶とビールを同列に「苦い」というのはどうしてなんでしょうね。個人的には紅茶は「渋い」、ビールは「苦い」です。
  • ティーポットを温めて、よく沸騰したお湯を使うことが強調されていますが、これは抽出時にお湯の温度を下げないためだと思われます。紅茶の成分のうちタンニンなどはお湯が熱くないと抽出されにくくなるようです。渋みが苦手な人は低めの温度にすると渋みが減りますが、舌の表面が収斂するような渋みというのは紅茶の良さの重要な要素だと思いますので、個人的にはお薦めしないです。
  • ティーポットを温めておくことも大切ですが、カップも温めておいた方が冷めにくいです。もっとも、猫舌の人は多少冷めた方がいいのかもしれないですが。
  • オーウェルの中国産の紅茶への評価は低いですね。わたしの知る限りにおいても、現在でも、日本に輸入されている中国産の紅茶の大半は安くていまひとつなものですが、中国産でもとても良いものもあります。価格もそれなりにしますが。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

分かりやすく、とってもいい訳だと思います。原文も見ましたが、この英語がこんな日本語になるんだ、と感心しました(ごめんなさい、ちょと生意気言いました)。

のんくり さんのコメント...

コメントありがとうございます。
英語を日本語に置き換えるのって想像していたよりとても難しくて、たったこれだけの文章でもとても時間がかかったのを覚えています。
プロの翻訳家の方って凄いですね。